60歳代のALS (筋萎縮性側索硬化症) の女性の患者さん。
進行が速く、診断からわずか1年ほどだが、病状は着実に悪化していた。
食事が摂りづらくなり、「胃瘻」を検討することになった。
「口から食べる」という当たり前の行為ができなくなる現実に直面することは、ある意味、寿命と向き合うことでもある。けれど医療には「胃瘻」という方法があり、それを選べば延命につながる。ただし身体は確実に動かなくなっていくなかで、栄養を補給し続けながら命をつなぐことをどう捉えるのか――
これはもう、僕がどうこう言える領域を超えていて、ただただ寄り添うことしかできなかった。
葛藤の末、ご本人とご家族は「胃瘻」を造ることを選ばれた。
無事に造設を終え、1週間ほどの入院を経て、自宅へ帰ってこられた。
退院後、初めての訪問。
悩みに悩み、入院前にはとても緊張されていた患者さんの姿を目にしたとき、自然と「おかえりなさい」と声が出た。
患者さんはニコッと笑い、少し照れたように、話しづらくなり少し弱々しくなった声で「ただいま」と。
その瞬間、なんとなく患者さんと心が通じ合えた気がした。
「おかえりなさい」
無意識に、自然と欲したたった一言だったけど、その一言に「おつかれさま」「よく頑張りましたね」「無事に終わってよかった」などなど、いろんな意味が含まれていたように思う。
そして、つい先日のこと。
休日の早朝、別の患者さんの往診を終えて帰宅したときのことだった。
洗面台で手を洗っていると、もうすぐ3歳になる息子くんが僕の帰宅に気付いて、パタパタと駆け寄ってきた。
「パパ、おかえり」
ニコッと、どこか照れくさそうに笑いながら声をかけてくれた。
僕が「ただいま」と言い終わる前に立ち去ったかと思いきや、また戻ってきて、もう一度「おかえり」と。僕ももう一度「ただいま」と答えた。
いつの間に覚えたのか分からないけれど、初めて息子くんに「おかえり」と言ってもらえた。その一言で笑顔になり、とっても癒され、とってもとっても嬉しかった。
そして、「おかえり」って、なんて素敵な癒しの言葉なんだろうと気付かされた。
患者さんにどこまで響くかは分からないけど、入院から在宅に戻られた患者さんには、僕はこれからも「おかえりなさい」って伝えていきたいと思う。

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